香川真司の年俸推移!セレッソからマンU・ドルトムント・ベジクタシュまで

 

この記事では、香川真司選手のプロデビューから現在までの年俸推移を紹介します!

香川選手の年俸はどれくらいなのでしょうか?

また、他の日本人選手と比べると香川選手の年俸は高い方なのでしょうか?

彼の経歴にも触れながら、香川真司選手の年俸推移を見ていきます!

香川真司の年俸推移①セレッソ大阪時代

ドル紙幣

 

年齢 所属チーム 年俸
2007年 18 セレッソ大阪 360万円
2008年 19 セレッソ大阪 800万円
2009年 20 セレッソ大阪 2,800万円

 

なんと高校3年時にセレッソ大阪とプロ契約を結び、高校3年生にして年俸360万円を稼いでいました。

その後、期待以上の活躍を見せ、20歳にして2,800万円を稼ぐプレイヤーにまで成長しました。

 

香川真司の年俸推移②ドルトムント〜マンU時代

 

年齢 所属チーム 年俸
2010年 21 ドルトムント 1億4,000万円
2011年 22 ドルトムント 6億円
2012年 23 ドルトムント 6億円
2013年 24 マンチェスター・ユナイテッド 8億円
2014年 25 マンチェスター・ユナイテッド 11億円

 

なんと21歳にして、世界4大リーグの一つであるドイツ、ブンデスリーガの強豪ドルトムントに移籍を果たしました。

移籍1年目の年俸は、セレッソ大阪のプロ1年目の時と比べると40倍近く跳ね上がっています。

わずか3年でここまで年俸をあげたことは衝撃的ですよね。

 

移籍後、ブンデスリーガ上半期MVPに輝くなど大きな結果を残し続け、移籍2年目には年俸がなんと6億円にまで跳ね上がります。

 

ブンデスリーガ優勝を経験した後、2013年に当時23歳という若さにして、世界有数の超ビッククラブ、マンチェスター・ユナイテッドに移籍しました

その時の年俸は1年目が8億円、2年目が11億円とイメージが湧かない数字です。

ヨーロッパのサッカーには大きな夢がありますね!!

 

世界最高峰プレミアリーグでの優勝も経験し、貴重な経験をできた2年間だったと本人は振り返っています。

 

香川真司の年俸推移③第二期ドルトムント〜ベシクタシュ

 

年齢 所属チーム 年俸
2015年 26 ドルトムント 6億円
2016年 27 ドルトムント 6億5,000万円
2017年 28 ドルトムント 6億5,000万円
2018年 29 ドルトムント 6億5,000万円
2019年 30 ベシクタシュ 5億円

 

マンチェスター・ユナイテッドでは周りのレベルの高さから思うように活躍できなかった香川は、ドルトムントに復帰します

復帰後、着実に結果を残し、6億5千万円と高い年俸をもらい続けています。

 

2019年1月には電撃的にトルコの名門ベシクタシュにレンタル移籍をしました。(※約半年後には再びドルトムントに戻る契約です。)

ここでも5億円という高い年俸をもらい、活躍を続けています。

 

香川選手の年俸を他の海外組と比較!

地球儀と1万円札

 

香川真司選手以外の日本人プレイヤーはどのくらいの年俸をもらっているのでしょうか。

そこで、主な日本人プレイヤーの最高年俸をまとめてみました!

本田圭佑や長友佑都、長谷部誠など他海外組の年俸は?

選手名 最高年俸 当時所属チーム
岡崎慎司 4億5,000万円 レスター・シティ
本田圭佑 7億7,000万円 ACミラン
長友佑都 4億3,000万円 インテルミラノ
長谷部誠 6億円 フランクフルト
吉田麻也 3億9,000万円 サウサンプトン

 

こちら5人の中で最高年俸が最も高いのは、言わずと知れた名門クラブACミランに所属していた本田圭佑選手の7億7千万円です。

エースの証である背番号10を背負うなど大きな活躍を見せました。

 

2018年時の年俸を見ると、なんと最年長の長谷部誠選手(35歳)が6億円で最も高い年俸をもらっています。

現在もフランクフルトに所属する長谷部誠選手はプロ生活スタート後、なんと1度も年俸を下げることなく、毎年成長を遂げ、活躍を続けています。

日本人選手として最高額の年俸を得ていた香川!

もうお気づきかと思いますが、香川真司選手のマンチェスター・ユナイテッド時代の年俸は日本人歴代最高の数字です

特に2年目の11億円という年俸は抜きん出た数字になっています。

2018年時で見てみても、年俸6億5千万円は日本人プレイヤーの中で最も高い額です

彼の年俸から、香川真司選手がいかに海外で高い評価を受け続けているか分かりますね!!

 

高校時代から現在までの経歴を在籍チームごとに紹介!

2007年(高校3年生):セレッソ大阪とプロ契約

香川選手は、高校3年生という若さでプロ生活をスタートさせました。

1年目こそ、目立った数字は残せませんでしたが、2年目(当時19歳)にはレギュラーの座をつかみ、16得点をあげました。

2008年には、平成生まれとして初めて日本A代表に選ばれました

いまや平成生まれが日本代表の中心を担うようになってきましたが、そのさきがけは香川真司選手だったのです!

 

3年目に彼の才能は完全に開花します。

シーズン27得点をあげ、J2の得点王に輝きました。

ちなみにこの時、香川選手は乾貴士選手とコンビを組んでいました。

2018年のロシアW杯の時に見事な連携プレーを見せ、日本のベスト16進出に大きく貢献したこのコンビはこの頃から共に戦っていたのですね!

2010年(21歳):ドルトムントへ移籍

2010年の上半期にJ1で11試合7ゴールあげるなど圧倒的な活躍を見せ、この年の夏に強豪ドルトムントに移籍します。

当時の年齢が21歳というのは大きな驚きですよね、。。

 

そして、移籍した2010年のブンデスリーガ上半期MVPに輝きました。

移籍してすぐにこれだけ大きな結果を残した香川真司選手。

まさに天才ですよね!

 

香川選手が移籍した年にドルトムントは9季ぶりの優勝を成し遂げます

この優勝に香川選手は大きく貢献し、評価はうなぎのぼり状態でした。

 

その後のドルトムントの2年間でも、欧州主要リーグの当時の日本人選手最多得点記録を更新する、欧州CLでも得点をあげるなど期待以上の活躍を見せ続けました。

2012年(23歳):マンチェスター・ユナイテッドに電撃移籍!

23歳という若さで世界を代表する名将ファーガソンの目にとまり、超ビッククラブマンチェスター・ユナイテッドへ移籍を果たしました

 

ホーム開幕戦でプレミアリーグ初ゴールをあげ、幸先の良いスタートを切りました。

アジア選手として初めてプレミアリーグでハットトリックを達成するなど、彼の活躍はとどまることを知りませんでした。

そして、香川がフル出場したシーズン終盤のアストンビラ戦でマンチェスター・ユナイテッドはプレミアリーグ史上最多の20度目の優勝を飾りました。

月間MVPに2度輝くなど1年目から、名門クラブで文句の付け所のない活躍をみせました。

その結果、最優秀アジア選手に選ばれ、この年は彼のキャリアの中でも特に充実した年だったのではないでしょうか。

 

しかし、2年目は監督が交代したことや世界トップクラスのFWルーニーとの熾烈なポジション争いに破れたことなどから、出場機会を失い、無得点に終わってしまいました。

2014年(25歳)ドルトムントへ復帰

2年間のマンチェスター・ユナイテッドの挑戦を終え、古巣ドルトムントに復帰しました。

 

復帰後、着実に結果を残し、ブンデスリーガ通算100試合出場の達成や日本人最多のブンデスリーガ通算得点数を記録するなどの活躍を見せました。

ベシクタシュでも大活躍中!今後に期待!

サッカー場

 

2019年1月に衝撃のニュースが流れました。

香川選手は期限付きでトルコの名門ベシクタシュにレンタル移籍することになりました。

長年在籍したドルトムントを期限付きではありますが、離れることを決意した香川選手。

現在、ドルトムントはブンデスリーガで首位を走るなど好調を維持しています。

しかし、その影で香川選手は出場機会を失っており、移籍先を探していました。

 

その移籍先のベシクタシュで衝撃のデビューを飾りました。

試合終了直前の後半36分に投入されると、1分後に移籍後初ゴールを決め、その2分後にもゴールを奪いました。

わずか3分ほどの間で2得点を奪う活躍を見せ、鮮烈なデビューを見事飾りました。

 

今年30歳になる香川選手ですが、これからもトップレベルの環境で思う存分活躍し続けてくれることでしょう!

これからの香川選手の挑戦を応援しましょう!

今後の活躍からも目が離せません!!