孫正義の生い立ちは?ソフトバンク創業、日本一の大富豪になるまでの経歴

大企業とビジネスマン

長者番付に毎年名を連ねる、ソフトバンクグループの創設者の孫正義

今でこそ億万長者の孫正義ですが、その生い立ちは決して順調なものではありませんでした。

そこで今回は、孫正義の出生から、成功して日本一のお金持ちになるまで、その生い立ちを追っていきたいと思います!

また、ソフトバンクと孫正義のこれからについても、紹介しました!ぜひご覧ください。

日本一の資産家・孫正義、幼少期は極貧生活だった!?

孫正義の出生

孫正義は、在日韓国人実業家の二男として、佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に生まれました。

孫正義が生まれた当時の孫家は極貧で、家畜や鉄くずのほかに、密造酒を作ってぎりぎりの生計を立てていたそうです。

また、住んでいた場所も「無番地」と呼ばれる場所で、住んでいること自体が法律的にかなりグレーゾーンという、壮絶な集落だったようです。

孫家に転機が!お金持ちに!?

そんな壮絶な暮らしをしていた孫家に転機が訪れます。

孫さんの父がパチンコ屋を始め、これにに大成功!

パチンコ店を数十店舗所有し、高級車を難題も保有するまでにお金持ちになりました。

ただ、それでも「在日朝鮮人」というだけで、今よりもひどい差別を受けていたようです。

当時、孫正義は、本名ではなく、通名である安本正義を名乗っていました。

高校時代、マクドナルド創業者の著書を読んで渡米を決意!

高校を中退して、憧れの経営者に会いにアメリカへ

久留米の高校に通っていた孫正義は、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の脱藩に憧れて、渡米を決意します。

同時期に、日本マクドナルドと日本トイザらスの創業者である、藤田田の著作を読み、感動した孫正義は、藤田と面会しようと試みます。

もちろん、ただの高校生である孫正義に面会は許されませんが、何度も諦めずにやってくる孫正義に根負けし、藤田は面会します。

そこで、孫正義は藤田に、アメリカで何をするべきかを尋ねます。

藤田はコンピューター関連を学ぶように助言し、この助言がもととなり、孫正義はアメリカでソフトバンクへとつながる、コンピューター関連のことを勉強することになります。

ちなみに、孫正義が成功した後、藤田を食事に招待し多た際に、藤田はあの時の高校生が孫正義だったとは、と驚いたそうですよ。

渡米直前に父親の病気が発覚!

渡米しようと意気込んでいた孫正義ですが、アメリカ行きの直前に父親のがんが発覚します。

周囲からは、病気の父親を放置してアメリカに行くのは自己中心的だ、と批判されました。

しかし、孫正義は、自分がアメリカに行くのは、将来的に家や家族を支えるためだと、反対を押し切り渡米します。

結果的に孫正義は、渡米をきっかけに成功し、父の容態も回復したので、この判断は正しかったということですが、大変な勇気がいる判断だったことでしょう。

大学時代に後のソフトバンクを創業!アイデア1つで1億円稼いだ!?

大学3年時にビジネスを本格的にスタート!

アメリカに渡った孫正義は、カリフォルニア大学3年生に編入し、コンピューター関連を学びました。

その過程で作り出したのが、自動翻訳機です。

その自動翻訳機をシャープに売り、なんと1億円を手にします!

ソフトバンクの誕生!

自動翻訳機を打って手に入れた1億円を元手に、孫正義はアメリカでソフトウェア会社の「Uinson World」を設立します。

Unison Worldはのちのち形を変えて、世界に誇る大企業のソフトバンクに成長します。

そして1980年に大学を卒業し、福岡に帰ってきた孫正義は、福岡県大野城市に「日本ソフトバンク」を設立しました!

また、ソフトバンクを設立する際に、孫正義は「孫正義」という名で設立する旨を親族に伝えたそうですが、親族はいまだに残る差別から、「安本正義」で設立しろと言いました。

しかし、孫正義はそれを拒否。自分の本当の名前で、正面から堂々と成功するという目標を掲げたそうです。

ソフトバンクの業績推移は?日本一の大富豪になったのはいつ?

では、ソフトバンクの連結業績推移を見てみましょう。

年度売上高(億円)営業利益(億円)
(△損失)
親会社の所有者に
帰属する純利益
/当期純利益(億円)(△損失)
2017年度91,58813,03810,390
2016年度89,01010,26014,263
2015年度88,8189,0894,742
2014年度85,0419,1876,684
2013年度66,66710,7705,203
2012年度32,0257,9943,725
2011年度32,0246,7523,137
2010年度30,0466,2911,897
2009年度27,6344,658967
2008年度26,7303,591431
2007年度27,7613,2421,086
2006年度25,4422,710288
2005年度11,086622575
2004年度8,370△ 253△ 598
2003年度5,173△ 548△ 1,070
2002年度4,068△ 919△ 999
2001年度4,053△ 239△ 887
2000年度3,971164366
1999年度4,2328384
1998年度5,281121375
1997年度5,133278103
1996年度3,59730590
1995年度1,71114257
1994年度9685020

ソフトバンクホームページより

2001年度から2004年度に営業利益で赤字となっていますが、それ以降は着々と業績を伸ばしていますね。

特に2004年度には、日本テレコムや、プロ野球チームの、福岡ダイエーホークスを買収していますので、それも影響しているのかもしれません。福岡ダイエーホークスは、現在は福岡ソフトバンクホークスとなり、パリーグで奮闘していますね!

ちなみに、2019年現在のソフトバンクの時価総額は11兆7495億4900万円で、トヨタに次いで日本第2位です。

また、2011年に、孫正義は日本の長者番付で1位となり、日本で一番のお金持ちとなりました。

2011年以降の孫正義の資産総額と日本長者番付ランキングは以下の通りです。

西暦日本長者番付ランキング純資産額
2011年1位6642億円
2012年3位5658億円
2013年3位8827億円
2014年1位1兆8400億円
2015年2位1兆6541億円
2016年2位1兆6837億円
2017年1位2兆2640億円
2018年1位2兆2930億円
2019年2位2兆3760億円

2011年~2012年を除いて、孫正義の純資産額は増え続けています。

なぜ2011年~2012年に減ったかというと、2011年に発生した東日本大震災の際に、孫正義は100億円以上の寄付を行ったことが大きな理由です。

また、2014年以降は、ファーストリテイリングの柳井正と、1位・2位を行ったり来たりしています。

ファーストリテイリングは、ユニクロやGUを運営している会社です。

孫正義が掲げる人生50年計画とは?ソフトバンクの今後の動向は?

19歳の時に人生設計を作っていた!?

孫正義は、19歳の時に自分の将来について、人生50年計画というものを立てています。

その人生50年計画とは、「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ」というもので、今のところ、この通りに孫正義は人生を歩んでいるといっていいでしょう。

孫正義は執筆時現在、61歳。そろそろ本格的な後継者選びに入っている頃かと思われます。

この10年以内に、孫正義の”王位継承”が行われるかもしれませんね。

ソフトバンクが注力している事業領域は?

ソフトバンクは、国内外の通信事業や、ヤフー事業の他にいくつかの事業に注力しています。

  • 5Gへの設備投資

現在の4GLTEよりもさらに早い、5Gの設備へ、ソフトバンクは投資しています。

その投資額はなんと400億円。ソフトバンクの本気度がうかがえますね。

  • シェアサービスへの投資

ソフトバンクはシェアサービスにも投資をしています。

特に車関係のサービスに積極的に投資しており、パーキングシェアサービスのBLUUというサービスを運営しています。

  • armへの投資

スマホのCPUで圧倒的なシェアを誇る英国企業ARMを2016年に買収したソフトバンクは、半導体事業にも力を入れています。

今後のIot技術の進展に伴い、半導体は確実に需要が高まります。

それに備えて、ソフトバンクはARMに先行投資をしているということですね。

ソフトバンクの躍進はまだまだ続く!

現在は携帯事業がメインのソフトバンクですが、現在、多方面へと投資を行っており、これからもソフトバンクの勢いは止まらないと思われます!

身一つで成り上がった孫正義は、強い信念と高い目標でソフトバンクをここまで大きくしました。

起業を考えている方は、その信念を参考にしてみたはいかがでしょうか?